学生から社会人となる時に越えるべき壁とは?
「辛いな」と感じた時に、あなたに問いかけて欲しい質問
人生の分岐点に立った時、参考となるモノサシ
目標を立てる段階であなたに経験して欲しいこと
約9分です
これらの新しい祝福を得られるための所要時間は
まだ学生だった頃の僕は、社会人になることへの恐怖心や抵抗感を強く感じていました。
一言で言ってしまうと、
「社会人になったら、生きていけないかも・・」
そんな風に思っていたのです。
自由な時間がいくらでもある学生と違って、社会人になると会社に捧げる時間が圧倒的に長くなってしまう・・。
休みも無く、長期休暇も取れなくなる。
嫌だなぁ・・・とずっと思っていたんですよね。
会社に捧げる時間と言いましたが・・・、
会社の為に犠牲しなければいけない自分の時間という感覚が強かったのかもしれません。
そうは言ってもやはり、周囲の目というのもあります。
いつまでも無職で居続けることも出来ない気持ちもあったんですよね。
自分の中で強い信念があって『無職であり続ける理由』があれば話は別ですけど・・。
でも実際は、ただダラダラしていたい。
怠けていたい。
そんな気持ちがあることを、自分でも薄々と知ってはいました。
嫌ではありましたが、堕落してはいけないと、社会人として足を踏み入れるわけです。
そうして、社会人として生きてきて25年が超えました。
25年と一言で言うと長い時間ではありますが、ちょっと複雑な心境でもあります。
「25年も社会人をしている今の自分の結果がこれか・・」
若い頃、自己像として夢として描いていた自分の姿とのギャップの大きさに、自己卑下をしてしまうそうな気持ち。
そして・・、
「あれから25年。亀のような歩みではあるけど、これから先の豊かな人生をつくり上げていくための25年でもあったんだ。」
「まだまだ先は20年以上ある。それだけの時間があれば、本当に色々なことが出来るはずだ。」
そんな前向きな気持ちもまた事実、持っているのです♪
人生で一番長い社会人としての時間
人生のなかで、学生である期間は12年~16年くらいですよね。
長くても20年程度ではないでしょうか。
それと比べると、社会人としての時間は圧倒的に長くなります。
ざっと、40年は社会人として何らかの生産活動に勤しむことになるわけですよね。
学ぶ期間や、引退後の時間よりも働く時間の方が圧倒的に長いということです。
これについては、この地球上のほとんどの国に共通していることであると思います。
社会人としての期間が人生のメインの時間となるわけです。
なぜこのような仕組みになっているのか、学問的な視点からの理由は僕には全くわかりません。
ただ単純に、
「人生で学べることの多くは、社会人になってからの方が多い。」
「社会人として生きることで、より多くの事を学べて豊かな人生を切り拓ける。」
という理由から、そのような仕組みになっていると理解しています。
根拠なんてありませんが、『神の見えざる手』が、最適な方向に働いているものだと前向きに理解しているんです。
楽しくない社会人としての人生とは
とは言っても、社会人になる直前の時期はやっぱり不安もあり憂鬱でもありました。
学生のように、明日の事を気にせずに自由な時間を楽しむことも無くなることは、容易に想像できましたからね。
友人も恋愛も自由。
縛られるものといえば、経済的なことくらいです。
遊ぶくらいのお金だったら、バイトすれば何とでもなるでしょう。
夏休みは2ヶ月。
春休みも2ヶ月。
4年制の大学であれば、多くの時間と自由を手にしていたはずです。
それが社会人になった途端に、ガラリと変わってしまいます。
生活するために働く。
結婚資金をつくるために働く。
もう長期間の旅行にも行くことは出来ない。
明日も残業。週末のわずかな休日だけが楽しみで・・
その休日すら、翌日の仕事に備えて気持ちの準備をしている人生。
学生時代あれほど一緒に楽しんでいた友人たちも、いつの間にか会社の人間関係の中で疲弊してしまっているようだ・・・。
学生時代とは違う、色々な世代の方たちとの交流に疲れているのでしょう。
自分の時間の大部分が仕事に消えていく。
これも毎日の生活の為・・・
いつの間にか、そんな考えに支配されてしまうんですよね。
人生がつまらなくなって、『楽しさ』なんて遠い昔の頃に置き忘れてしまったような感じになっていく・・。
僕が社会人になりたての頃の心境はこのようなものでした。
ブラック企業に勤めていることが余計、楽しくない人生に押しつぶされそうでした。
学生時代を終え、社会人として試されること
学生時代の頃と同じスタンスで物事を見てしまうと、確かに楽しくないことばかりです。
僕は、ここが一つの壁であるように思えて仕方がありません。
乗り越えるべき壁です。
考え方をシフトさせるべき、一つの段階なのです。
学生時代のように、休日が多ければ社会人としても楽しい人生が送れるのか?
恋愛に不自由しなければ、社会人として人生楽しめるのか?
友達がいれば、人生楽しいと言えるのか?
休日が無いから、楽しくない。
恋愛する時間がないから、楽しくない。
心許せる友人がつくれないから、楽しくない・・。
人生が楽しくないと思わせる理由は多くあるように思えます。
でも楽しくないという理由をいつも外の環境や外的な理由に求めているうちは、何も変えられないことを知らなければならないのですね。
ここは、主体性が試されるところです。
環境が変わったのなら、そこであなた自身が楽しめる人生を考えていくという主体性です。
「あなたの人生の楽しみを、外的な環境に委ねない姿勢を学んでね」
というメッセージかもしれないのです。
社会人引退後の人生を想像してみる
この記事を読んでいるあなたの年齢はわかりませんが、まだまだ『社会人引退』の時まで長い時間が残っているのではないでしょうか。
そこで質問ですが・・・、
60歳なり65歳で引退した後の人生を想像したことはありますか?
引退後の人生までを描けている方って、そんなにはいないと思います。
仕事から解放される日を楽しみにしています?
それとも、漠然とした不安を感じておられますか?
僕の周りで引退していった多くの人たちをみていて、感じることがあります。
それは引退が近付いてきた人たちは、何とかして会社に残ろうとする方が多いということです。
生活の為とかいう、ひっ迫した事情からではありません。
「お小遣いがあればいいかなと思って。」
とは言うのですが、仕事もない日々が考えられないという方が圧倒的なんです。
ずっと家にいることに居心地の悪さがあり、3日間一人でキャンプに出ていたと言っていた方もいましたからね・・。
そのような人たちを見て、僕も『生涯現役』という言葉に多少惹かれる思いがあることに気付き始めています。
愛犬を連れて、公園のベンチでずっと座っている引退した人の背中。
いつも決まった時間に決まったルートを散歩している、引退した人の姿。
愛犬のお散歩コースを歩いていると、いつも同じ方とすれ違うことが多く、
「お仕事を定年されて、どれくらい経っているのかな?」
と思いながら挨拶を交わしています。
そうした姿を見ていると、定年後も何らかの形で社会に関わっていたいなと感じるようになってきたんですよね。
「たとえ小さなものでも何かの役に立てる存在でいたい。何かを学び続けたい。」
そんな気持ちがあることを知りました。
『楽な』生き方と『楽しい』生き方
僕は『楽な』という表現と『楽しい』という表現を意識して使い分けています。
この二つの違いが重要だと思っているからです。
『楽な』には、怠惰なニュアンスで、面倒なことを避けていくといったイメージを持っています。
『楽しい』には、心からワクワク感を感じられる飽きの来ないイメージですね。
僕のことですが、色々な理由があって25年飲み続けてきたお酒を断っています。
もう断酒生活も3年を超えて、かなり安定してきています(^^♪
そんな僕が自信を持って言えるのが、
お酒を飲み続ける生活は、『楽な』生活。
今の断酒生活は、『楽しい』生活。
であることです。あくまで個人の意見ですから、愛飲家はお気になさらずに(^.^)
僕にとってお酒は、自分の時間を多く奪い、一瞬の慰めしか得られない『楽な』選択でした。
今思えば、とても割に合わない選択です。
お酒をやめている今の生活は、それとは全く種類の異なる『楽しい』生活です。
自分の時間を大切に使えていることを実感できて、自己肯定感を高めてくれるからです。
『楽な』生き方と、『楽しい』生き方。
この違いを理解して、ぜひあなたにとっての『楽しい』生き方を見つけて欲しいのです。
楽な生き方に潜んでいる人生の罠
僕にとって、『お酒を飲み続ける』生活は『楽な』生き方であると言いました。
今この瞬間の楽しみを得るために、明日の後悔を受け入れる生き方ですね(汗)
このまま飲み続ければ、必ず後悔するとわかっていながら飲み続ける日々。
そうしてついには、お酒を飲みながらでも絶望的な気持ちになってくる日がやって来ます。
辛さを忘れるために飲んでいたお酒だったはずなのに、飲んでいる最中もなんだか気持ちが沈んでくる・・。
だからと言って、飲まずにはいられない。
断酒直前の僕の心境です。
楽な生き方を選んだ結果、後悔と堕落の日々が待っていたのです。
楽な生き方とは、それを継続したときに得られる結果から判断できます。
最終的に望ましい結果が得られない生き方です。
そのように考えていくと、現状維持にこだわり続ける生き方は楽な生き方と言えるでしょう。
社会人になって上司の指示通りにただ動く、『指示待ち族』になることも楽な生き方です。
なぜなら、考えるという作業を放棄していますからね。
考えないことは『楽なこと』だからです。
楽なことばかりを追求し続けることによって、楽しい人生が失われてしまう結果となることを知らなければなりません。
『楽な』人生と『楽しい』人生の違いとは
『楽な』人生と『楽しい』人生方の違いは、その入口と出口を考えるとすぐにわかります。
『楽しい』生き方は、私たちをワクワクさせてくれます。
心の底から高揚感が湧き上がってくるような気持ちになります。
『楽な』方は、その入口に抵抗を感じないものです。
「深入りしちゃまずいけど、少しなら大丈夫。」
そんな感じで、すんなりと入っていけるものです。
『地獄への道は善意で舗装されている』
という表現もあるように、最初の入り口は魅惑的なものが多いのです。
『楽しい』人生の入り口には、覚悟が必要です。
達成したい目標や夢を抱くとき、楽しい気持ちを感じることでしょう。
でもその夢の実現に踏み込むには、勇気も必要です。
「楽して歩ける道ではないよ」
ということを暗示しているからです。
しかし・・・、その出口には大きな違いがあります。
『楽な』生き方を続けることによって、その出口にはいったい何が待っているでしょう?
指示待ち族、考えることを放棄して上司の言っていることだけをやってきた人生の出口に待っているものは?
『楽しい』生き方を続けていくことで、その出口に待っているものはどんな自分でしょうか?
自分で考え挑戦してきた道。
入口に足を踏み入れたころの自分とは一回り違う自分が今ここにいる。
決して楽ではないけれど、心から楽しいと思えてきた。
ワクワクする生き方が待っているのです。
楽しくない人生におさらば。楽しい社会人への入り口を!
『楽しい』生き方には、その入り口の門に入る時、大変なところも確かにあります。
でもそのようなことを吹っ飛ばすような大きな違いがあるのです。
それは、私たちに夢を見せてくれるところです。
『楽しい』生き方を選択することによって、未来への希望を感じさせてくれるのです。
自分で考え、自分で欲し、自分の中から生まれてきた夢を追い、目標の達成に向けて歩んでいく。
ワクワク出来る生き方です♪
『楽な』道はそうではありません。
進めば進むほど、
「あまり深入りは出来ない。程々にしないといけない。進めば進むほど堕落してしまう。」
楽な道であるはずなのに、そのような矛盾を感じながらの日々となってしまいます。
社会人になってから、『楽しい生き方』を見つけることはそれ程簡単なことではありません。
でも本当の楽しさって、簡単すぎてはつまらないものです。
入口の門で多少の勇気が必要な、『楽しくてワクワク』する生き方を選ぶ。
それによって、人生を楽しいと感じることの出来る社会人になることが出来るのです。
善意で敷き詰められた入口に注意!
社会人になってわかる本当の楽しさ
学生時代にはわからなかった社会人としての苦労を知って、人生が楽しくないと感じることもあるでしょう。
でも、学生時代にはわからなかった楽しさが社会人になってわかることもあるのです。
難しいことも多い分、楽しさもまた大きなものがあります。
『楽な』方よりも『楽しさ』を選ぶこともそうです。
他人の価値観で生きることではなく、あなた自身が決断して行動することで、嘘のように状況が変わってくることを経験すこともあるでしょう。
父親や母親と同じ年齢の方たちとも、仕事をしていくことになります。
学生とは違って、好きな人ばかりと関わるわけにもいけません。
他人の存在があるからこそ、自分の存在も確認出来て互いに高めあうことも可能であることを知ったりもします。
逆に楽な道を選んでしまうと、どんどんつまらなくなってしまいます。
社会人には、楽な道への誘惑が多くあります。
そちらの方が簡単だからです。
他人の価値観で生きてしまう
リスクを取らず、現状を維持することを優先してしまう
自分の気持ちではなく、無難かそうでないかで選ぶ道を判断してしまう。
社会人としての本当の楽しさを知るには、大切な一つの要素が必要だということを一つのドラマが教えてくれました。
絶対に欠かすことの出来ない大切な要素です。
『下町ロケット』が教えてくれたこと
一つのドラマとは、『下町ロケット』です。
有名ですよね。
とても面白くて熱中してみてしまいました。
このドラマの主役は、中小企業の従業員たちです。
彼らの姿は、『人生が楽しくない社会人』とは真逆の従業員たちです。
僕がかつて感じていた、つまらない社会人としての自分と、ドラマの中の彼らと決定的に違うこと。
それは、明確なゴールが彼らにはあるということです。
トランスミッション、バルブ、世界に誇る最高品質の商品をつくりあげるという一つの目標を持って彼らは働いています。
ゴールが設定されているのです。
現状を維持していくことではなく、まだ手にしていないゴールに向かって走っているのですね。
嫌々ながらではなく、皆が本当にやりたいと思っているからそのゴールに向かって走っているのです。
思いを現実化する技術を習得すれば・・
『下町ロケット』に出てくる従業員の方々は、目標の実現に向かって困難な道をいつも歩いています。
でも、楽しそうなんですよね。そして見ている方もとても楽しめる♪
楽しそうに苦しみながら、ゴールへたどり着くことを皆が信じているのです。
そんな姿を見ていると、『目標を持つこと』で人生が楽しくなることを教えてくれます。
自分の本当の欲求に忠実な目標が、人生を楽しくさせてくれることを教えてくれます。
そして、目標を現実化させるために大切なヒントを与えてくれています。
その大きなヒントとは、
やる前から『もう達成している』という心境
で作業に入っている従業員の方たちの姿です。
例えば僕であれば、ハワイが好きでハワイにいつも憧れている人間です(^^♪
旅行の計画を立てている時は、とてもワクワクして楽しくて仕方がない気持ちになります。
まだ実際の旅行の段階ではないのに、もうこの段階からリアルに楽しんでいられます。
このワクワク感が、引き寄せには非常に大切なことなんです。
自分の気持ちに忠実なゴールがあり、正しいアプローチで行動を起こすこと。
正しいアプローチとは、計画の段階で既に始まっています。
この感覚は、本当だった、引き寄せの法則。喜びも苦しみも全て引き寄せていたで詳しくお話ししていますが、到達すべきゴールに向かっている段階ですら、楽しそうなんです。
下町ロケットに出てくる方たちが、ゴールへの疑問を感じることなく、達成した時の最高の気持ちを既に感じているんですよね。
そのうち確実にやってくる未来のゴールを先取りして、気持ちだけはもう喜んでいるのですね。
でも・・・、
先ほどの旅行の計画の話しと、現実の社会人としてのゴール設定には決定的な違いがあることも事実です。
旅行の計画では、必ず現実化することをほぼ確信出来ています。
近い先に旅行を既に申し込んでいるのであれば、現実化を疑う余地はありません。
でも現実の社会生活においては、設定したゴールに100%到達できる保証はどこにもありません。
失敗する可能性もあるということです。
この部分の違いが決定的で、根本的な違いがあるのですね。
あなたの人生を信じることの楽しさと難しさ
この大きな決定的な違いをカバーするのが、『行動』なのです。
「思うだけではダメ。行動に移すこと。」
と言われる理由はここにあります。
旅行のような既に決定していることの準備段階でワクワクするのは、引き寄せの練習みたいなものです。
本番の世界では、確定した結果はありません。
信じることが必要です。
信じてリアルに感じることです。
ワクワクを感じることです。
信じるには、行動が必要です。
何もしなくて、信じることは難しいことです。
社会人として、実践の場に今立っているのです。
練習は本番のつもりで。
本番は練習のつもりで。
自分を信じるためには、行動が必要です。
行動していけば、自分を信じられワクワク感を得ることが出来ます。
そしてなにより大切なことは、あなたがワクワクとした楽しい生き方が出来ている限り、本当の意味での失敗がないということを知ることなのです。
生涯現役で、生きていきたい。
50代になろうとしている今、僕はそう思っています。
まずは思いから。
まずは気持ちから。
楽しい人生に欠かすことのできない信じる力については、使えそうで、使えない!?自然に身につく潜在意識の使い方とは?で詳しくお話ししています。
あなたのリアルな希望を実現させて、楽しい人生を引き寄せて下さい。
潜在意識をフルに活用させて下さいね♪
⇒一番大切で密度の濃い学びを得られる時期が社会人だから
⇒主体性。自分が楽しめる人生をつくっていくという心構え
⇒それは『楽な』生き方?それとも『楽しい』生き方?
⇒甘美で楽な『入口』、そして堕落の『出口』か?覚悟のいる『入口』、そしてワクワクを感じる『出口』か?
⇒ワクワクを感じながら、リアルな気持ちで目標を立てる。旅の計画を立てている時のように
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