祝福全般

人生に正解はない?いや、ある!誰も教えてくれない人生の答え

 

この記事からあなたが得られる人生の祝福

人生の結果がわからないことが、ありがたい理由
全ての人に当てはまる同じ答えが少ない理由
どちらの選択をするか迷った時に覚悟すべきこと
どちらの選択でも、それを正解にすることはできる。それでも人生に正解がある理由
人生に正解があるとか、ないとかよりずっと大切なこと

これらの新しい祝福を得られるための所要時間は約8分です

当たり前のことですが、私たちは確定した未来のある世界には生きていません。

未来のことは、誰にもわからないということです。

確定したものではないから、『未来は変えることができる』という希望を持っていられるものなのだと思います。

願う未来を実現させたい。

そんな思いから、目標に向けて努力を重ねる人もいます。
選ぶべき別の未来はないかと、違う選択肢を検討する人もいます。

でも努力を重ねても、願っていた結果が得られないことだって少なくありません。

願う未来を思い描くことはできても、その結果までは保証されないのです。

思ったとおりの未来を実現できる人もいれば、そうでない人もでてきます。

願った結果を得られた人と、そうでなかった人。

この人たちを『正解者』、『不正解者』と呼ぶことはありません。

受験に合格した人、不合格だった人。

「おめでとう。」
「残念だったね。」

そのような言葉をかけることはあっても、『人生の正解者、不正解者』とまでは思わないはずです。

試験に失敗するのは、人生の一部に過ぎないからです。

むしろその経験が人生の正解へと導いてくれることだってよくあることです。

では、人生に正解はないのでしょうか?

僕は、正解はあると思っています。

人生に正解はないと考える人

人生に正解はない。

この考えも僕はよくわかります(笑)
真っ向から否定できないもので、その通りだと納得できることばかりです。

人生の分岐点に立った時。

とっさに考えることは、

「どちらの道が正しい道なんだろう?」

こういったことだと思います。

正解の答えを求めるものなんですよね。

分岐点を前に、家族や友人から相談を受けた時。
あなた自身が分岐点に立ち、どちらの道を選ぶべきか判断に迷った時。

「人生に正解はない。どちらの道も正しい場合もあり、正しくない場合もある。」

そのようなアドバイスや考え方がメジャーだと思います。

正解はないということも、事実である面は確かにあるんですよね。

  1. 得られる結果までは選べない
  2. 全ての人に当てはまる同じ答えはない
  3. 結果にこだわることで生じる弊害

これら3つの理由が、『人生に正解はない』という考え方を支える主な要因であると思えます。

結果まではわからない

分かれ道の前に立ち、僕たちが悩む理由はその先の結果がわからないからです。

どちらの道の先に、期待している結果が待っているのだろう?

それがクリアにわかっていれば、問題を解く前にもう正解が見えているような状況です。

人生そのものが、つまらなくなってしまうようなことなんじゃないかなぁと個人的には思えます。

録画したスポーツ競技の試合を

「僕はまだ観てないから、結果は言わないでね。」

という人って多いですよね。

それと同じ心理です。

結果がわからないから、人生と呼べるものなんだと僕は思います。

望む結果が得られる保証は、この世の誰一人ないということですよね。

だからこそ、目標に向かって頑張っていくわけです。

なんとしてでも、達成したいと頑張るのです。

結果がわからないからこそ、頑張れる。
自分で結果を掴み取ろうと頑張ることができる。

それこそが、大切なことなのかもしれない。

だから、人生に正解はない。

確かに、その通りですよね。

同じ答えが全ての人にあてはまらない

これもまた当たり前のことではあるのですが・・、

全ての人に通用する決まった答えって、なかなか見つかるものではありません。

あるとしたらとても抽象的で、どのようにでも解釈できるような表現にどうしてもなってしまうんですよね。

正解は、その人次第。

という部分は確かにあるわけです。

「脱サラして、独立の道を歩みたい。」

  • このまま、サラリーマンを続ける人生を選ぶのか?
  • それとも、思い切って独立すべきか?

 

そんな分岐点の前に立っている人への正解って、当たり前ですが『その人次第』となってくるはずです。

「君は、どう考えてもこのまま会社員としてやっていくべきだ。そちらの方が君の人生を活かせると思う。」

「大いに挑戦すべきだ。先はどうなるかわからないけど、そうした思いが強いと言うことは君にそうした素質があるということ。不安だろうが、やってみる価値はあると思う。」

どちらも正解と言えるものです。

違うことと言えば、アドバイスを受ける人ですね。

環境や人によって、答えもまた違ってくるわけです。

人生に正解はない。

確かにそう言えますよね。

結果という答えを求めることによる弊害

人生に正解はあると思うと言った僕ですが・・・、

これらのように、『人生には正解はない』ということもまた認めざるをえないところではあるんですよね(^-^;

人生に正解はないというのは、全てが正解という風に考えることもできます。

そもそも最初から答えを求め過ぎるところに、一つの弊害があるようにも思えます。

会社勤めの方であれば、退屈で長時間の会議を経験されている人も多いはずです(笑)

 

社風によってその会議の仕方も色々とあるでしょうが、この答えを求める、

「正解は何だろう?」

という発想が真っ先に来てしまうことの弊害ってあるんです。

 

「君の考えを聞かせて欲しい。」

会議の席で発言を求められた時、真っ先に

「この上司は、どんな答えを期待しているのか?正解は何か?」

と自分の意見よりも、相手の望んでいる答えを発言しようとしてしまうようになってしまいます。

酷い組織になると、会議前に肩書を持った数人だけである程度の結論を固めておくような会社もあります。

そのくせ、わざと部下たちに意見させながらニヤニヤと小馬鹿にした表情で発言させたりするのです。

そりゃ、答えを持っている人からすれば安全圏から余裕の立場で聞けますよ(笑)

そんな意味の無いひどい会議も、現実にはあります。

「結論が決まってるなら、こんな無駄な時間つくるなよ。」

そんな風にも思いますが、これも雇われ人の仕事の一つ・・・。

そう考えながら、時間の切り売りをしているわけです(苦笑)

『相手の求めている答えを探る』

そのこと自体は、お客様相手にお仕事をされている人にとってはとても大切なことです。

ただその同じ姿勢が、別の組織、別の機会でも正しいことなのか?

となると必ずしもそうは言えないのです。

まさに、正解はないと言いたくなるような現実ですよね。

人生に正解はあると考えている僕

人生に正解はないという正当な理由をいくつか書いてきましたが・・、

ここからは、『人生に正解はある』と僕が考えている理由を述べていきますね。

結論から言ってしまうと、

  • 人生に正解はあるけど、事前に答えがわかることはありえない。
  • 答え合わせは試験が終わった後でいい。テスト中は目の前の問題に集中すべき。

そのように僕は思っています。

もちろん、テスト回答のように誰かが明確に答えを用意してくれているようなものではありません。

でも、

『この問題が起こった時には、こんな回答をするべき。』

といった正解そのものは存在していると思うのです。

イメージで言うと、方角みたいなものです。

たとえ方位磁石を持っていなくても、北という方向は厳然として存在しています。

北へ向かって進むべきという正解はあっても、どちらの方向かがわからずに南へ進んでしまっていた・・・

なんてことは人生にはつきものです。
どんな人でも経験するものでしょう。

それでも、北は絶対に存在します。

正解はある。

というのは、そういう意味での正解ということです。

原因は結果を既に内包している

人生の分岐点に立った時、どちらの道を選ぶのが正解なのかはわからない。

これは、万人に共通することです。

空でも飛べない限り、どちらの道が望ましい方向に進んでいるのか確認することなんてできません。

ただ、1つ確かなことがあります。

それはどちらの道であっても、それを選んだ時にその先にある結果までも選択しているということです。

一つの道を選んだら、もう別の道の先にある結果を得ることはできない。

あなたの選んだ道の先に待っている結果を受け取ることになる。

ということなんです。

原因は既に結果をも内包している。

そんな小難しい表現をしなくても、例えば腐った食べ物を口にしてしまうとどうなるかを考えてみれば簡単にわかります。

腐った食べ物を食べてしまうと、お腹が痛くなる。

それを食べると決めた時にはもう、その先に待っている『お腹が痛くなる』という結果をも一緒に選んでいるということなんです。

でも・・、

食べるか食べないか迷っている段階で、「食べると腹痛に悩まされる」という正解がわかることはありません。

結果がやってきた時にしか、その答えはわからない。

それも事実ですが、腐った食べ物を口にすると決めた時には、その結果をも選んでいるのです。

『原因と結果の法則』と言われるものですね。

望む結果を求めて生きているが・・

正しい答えを求めて生きる。

人生にはそんな一面も確かにあります。

人間関係に悩んだ時、
判断に迷った時、
この判断が家族の幸せを左右するものであるとき・・・

「どんなことにすがってでも、正解を教えて欲しい」

そう感じる時を人生の中で一度くらいは、誰だって経験するものです。

ただここには、大きな前提が必要なんですよね。

『あなたが望んでいる答えが、本当に正しい答えである』

という大前提です。

「この方向が北だ!」
と明確に正解がわかるという前提です。

現実には、この正解がわからないのです。

腐った食べ物を上で例に出しましたが、腐った食べ物を口にしてしまうことで腹痛に悩まされるという結果は『不正解』であるのかもしれません。

でも、この経験が多くの人の役に立つ可能性がこの先あるとしたら・・。

そうなると、不正解だと思っていたその結果が大正解へと変化してしまうのです。

僕たちは、望む結果を目指して、望む生活を夢見て生きていく存在でもあります。

思い描いていた結果が得られない時、不正解だったと感じることもあるかもしれません。

ですが、それが本当に不正解なのかどうかは簡単にはわからないものなんです。

なぜなら、これから先も人生は続いていくのですから。

選んだものを正解にするという考え方について

「人生に正解はない。どちらの道を選んだとしても、その道をあなたの正解にすればいい。」

この考え方は、僕は好きです♪

どちらの道も正解にできるということですからね。

例え一時期に不正解だったと思えるような結果が訪れたとしても、この先の時間の中でそれを正解に変えていくことができる。

挽回できるチャンスを与えられているのは、素晴らしいことですし、感謝したい仕組みでもあります。

ただ、「正解があるか、ないか?」ということになると、最終的にはやはり『正解はある』ということになるんですよね。

あなたが選んだ選択を人生の時間の中、あなたの力で正解にしていくことは可能です。

むしろ、人生ってそんなものだと思います。

でも・・・、

どちらの方角に進んでいるとしても、北という一つの方角は厳然として存在しているのです。

南に進んでいる時に、その方角そのものを北に変えることはできません。

山の頂上に登ろうとしている時、違う方向へ登っていっていたとしてもその頂上の方向そのものを変えることはできない。

一つの正解はやっぱりあるんです。

【最も大切なこと】正解はあるが、答えを求めない心境であること

結局のところ、どちらも正しいということになってしまいましたね(^.^)

物事を判断する時間的なモノサシの大きさの違いだけだったんです。

観察する立ち位置の場所から、正解に見える時もあれば、不正解に見える時もあるということだけだったんです。

そして大切なことは、どんな結果が今目の前に広がっているとしても、最終的に人生の正解へと持っていくことはできるということです。

人生は変えることができるんです。

その時に大切なのは、答えだけを求めない心境を保てるかどうかです。

試験を受けている時に、先生がそっと答えを教えてくれたら、それは反則ですよね(笑)

そんなのは、さらに長い視点でみると確実に人生の不正解を選んでしまっている選択です。

まぁ、試験の例えだからこうして簡単にわかりますが、実際の人生の局面では判断の難しいことばかりです。

やっぱり、『答えを知りたい、答えを求める』という心境は絶対になくならないものですからね。

でもいくら答えを知りたいと言っても、

絶対にバレないカンニングを発明しようとしたり、
試験監督者の方と仲良くなってどうにか切り抜けたい・・・

そんな方向に意識が行ってしまうのは、どう考えても間違っている方向であるはずです。

間違いや失敗を避けることのできない人生

そもそも、全ての人は失敗を経験するようにできています。

どんな人であっても人生の中で、必ず失敗や挫折は経験するものなんです。

そこを認めることで、何というか大切な覚悟のようなものが心の中にできてくるものなんですよね。

避けられない経験であれば、

「それがいつどのような形で来るのか?」

そんな心の準備もできてくるものなんです。

嵐を避けたルートを探すことも大切かもしれませんが、

『どのように嵐の中を無事切り抜けていくか』

という心構えをつくっていくことも人生には大切なことです。

そんな考え方が固まってくると、どんな不正解とみえる人生の失敗であっても、

「この経験は自分の未来、成功の為に必要なものだったと絶対思えるようになるはずだ。」

そんな思考が身につくようになってきます。

それこそが、あなたの人生のステージがドンッと上昇していく時期なんです。

夢を叶える考え方に興味のある方は、こちらの記事をどうぞご覧ください♪

正解を確信できる人はいない

試験中に答えを教えてくれる人がいないように、人生の正解を確信しながら生きている人なんてこの世にはいません。

いるとしたら、なんと意味のない人生なんだろうと思ってしまいます。

あなたが頼りとしている先生や上司、ご両親だって迷いは持っているものなんです。

今こうしてこの記事を読んで下さっているあなた。
そんなあなたと僕との接点が、まだこの記事だけであるとしたら・・・、

僕のことを自信満々で、判断に迷わない人だという印象を与えてしまっているかもしれません(汗)

でも実際は、迷いと挫折だらけの自分です(^-^; ⇒ 恥ずかしい過去ばかりの僕のプロフィール

こんな記事を書きながらも、どこかでビビってしまっている気持ちもあるんです。

本当に正解の記事を書けているのだろうか?

そんな不安もどこかに感じながらいつも書いている自分がいます。

北という方角が厳然として存在している以上、正しい方向に向かって発信すべきですからね。

信じることと、行動すること

そんなビビりな僕ですけど、やっぱりこうして書いている作業は充実していることを感じるのです♪

僕が信じている北の方向はもしかしたら、違っているのかもしれない。

その可能性だってもちろんあります。

それでも、僕の心の中にある感情や感動といった波をこうした形として表現できていることは僕にとっての喜びでもあるんですよね。

北でも南でも、どっちでもいい。

北を目指してはいるけど、とにかく僕は自分の人生を生きている。

それだけは確実に信じられる。

そんな心境なんです♪

あなた自身を信じること。

もっと言えば、あなたの心が感じる感動や喜びの方向を見定めて行動を起こすこと。

それがあなたの人生の正解なんだと僕は思います。

僕の場合こうしたことは、普段の仕事で出来ることではありません。だからこうして、せっせと勤務外の時間をフル活用して自分の心を喜ばせているんです(笑)

人生に正解はないとも言えるし、あるとも言える。

たとえ北と信じて突っ走っている方向が南であったとしても、南極点に着いた時には全ての方向が北になってくれるんです。

どんな選択をしたとしても、それを正解に変えることはできると言うことです。

その為に必要なのは、あなたの信じる心と行動力。

小さな行動力だったんですね。

あなただけの素晴らしい人生をゆっくりと創りあげていってください♪

 

まとめ

人生の結果がわからないことが、ありがたい理由
わからないから、目標に向けて頑張れる。人生が面白くなるから

全ての人に当てはまる同じ答えが少ない理由
受け手である人や環境が異なれば、答えも異なるから

どちらの選択をするか迷った時に覚悟すべきこと
どちらを選んでも、その道の先の結果も一緒に選ぶことになる

どちらの選択でも、それを正解にすることはできる。それでも人生に正解がある理由
北という方向はいつも存在し、最終的に目指すべきゴールは存在しているから

人生に正解があるとか、ないとかよりずっと大切なこと
あなた自身の心の感動の声を聴きとり、行動し続けること

 

 

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人生は変えられる

 

誰もが、

人生を豊かにしたい。
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そんな思いを持っていると思います。

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この記事を書いている人

読者さんからの温かいメッセージにいつも元気を頂いている、平凡なアラフィフ・ブロガー。

雇われサラリーマンだが、仕事よりもブログの方が楽しい毎日。

「いい文章、書くね。」
「時々、感動させるよね。」

若い頃、友人・知人から言われた何気ない一言を思い出し、心の欲求に従うままに本ブログを書き始める。

 

学校が辛かった中学生。

集団行動にどうしても馴染めなかった、高校時代。

楽しくなるはずだった期待を見事に裏切られ、
孤独に苦しんだ大学時代。

やっと見つけた就職先での挫折、退職、転職の繰り返し。

愛する家族との別居生活・・・。

 

幸せな今、全ての挫折が僕の宝。

 

苦しかった全ての経験が今、読者さんたちの悩みを解決できるヒントとなってくれていることに感謝を感じつつ・・・、

とても幸せな第二の人生をスタートさせている。

今では、本ブログを通して築けている読者さんとの信頼関係が何よりの喜び

読者さんの心に少しでも届くメッセージを考えながら目覚める朝が続いている♪

 

エアの詳しいプロフィールはこちらから

恥ずかしいことも、たくさん書いてしまいました(-_-;)

お悩み解決へのヒントがきっとある



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