祝福全般

苦しみと渇きの中であっても自分の人生を生きることで道が拓けた

 

前回の記事」では、僕がまだ学生だった大昔に『人生を大きく変えた』決断のきっかけとなった出来事をお話ししました。

学生時代最後の一人旅。

偶然の出会いかもしれないけれど、今でも僕には偶然とは思えない素敵な出会い。

神様からのプレゼントのような素敵な出会い。

でも長くて苦しい期間の始まりでもあったそのギフト。

一人旅から帰国して受け取ったのは、旅で出会った女性からの手紙だった・・・、というお話でした。

 

今回の記事では・・、

若い頃の一つの決断が僕の人生を変えたこと

苦しみや忍耐の時期であっても、楽しみを見つけられること

強く思うことは、必ず実現できること

この3点についてのお話となります。

この記事に辿り着いたあなたは、もしかしたら今、

  • 叶えたいこと、やりたいことがあるのに実現できるとは思えない
  • 夢がない。辛いことばかりでもう嫌だ
  • 八方ふさがりで、どうしていいかわからない
  • 一歩前に進む為に必要な決断。その為の少しの勇気が欲しい
  • 自分の人生をこのままで終わらせたくはない

等々、色々な想いを抱えておられると思います。

ただどんな状況、どんな想いを抱えているとしても、『決断と行動』がなければ人生を変えることはできません。

今回のお話は、僕の人生で最初の大きな決断。

その後の自分の人生を大きく方向修正することになった出来事のお話しです。

カッコ悪いことばかりですが、ありのままを出来るだけ忠実に再現しながら書いていきたいと思います。

あなたにとって、何かヒントになることがあれば僕も嬉しいです。

帰国後に届いていた一通の手紙

空虚な気持ちで帰国し、自宅に着いたその夜。

僕が手にしたのは、ジュリーからの手紙でした。

バスの中で会った人からの手紙です

あなたの写真を送ってもらえますか?

世界のどこかで再び会えますように・・

黄色の便せんに書かれた、そんな手紙を受け取ったんです。

「ジュリーにもう一度会いたい・・」

どう転んでも実現できっこない状況と、恋の熱病に侵された(笑)自分の気持ちとの板挟みで苦しさを感じていました。

「胸がしめつけられるって、こんな感じなんだ。」

本当に胸がギュッとしめつけられるんですよね。

ジュリーからの手紙を何度も読みながら、そしてニューヨークで買った『キャッツ』のCDを流して物思いにふけることしか出来なかったんです。

※この記事を書く為に記憶を掘り起こそうと、ジュリーから届いた100通近い手紙を探したのですが、見つかりませんでした(^-^;

おそらく結婚後に間もなく、僕が捨ててしまったんだと思います。

「そういえば、捨てたような気がするな・・」

手紙を捨ててしまったことすら忘れてしまっていた、僕の記憶の中だけにある遠い昔の出来事です。

大学の中退を真剣に考え始める

卒業まであと1年を残し、3年を終了していた時期でした。

真面目!?な学生だった僕は、単位も出席日数も問題なくクリアできてはいたんです。

だから4年生になると週1日だけの授業を受けるだけで、卒業はできる見込みだったんですよね。

そんな状況ではあったのですが、帰国後の翌日から僕は大学を辞めることを真剣に考えていました。

「このまま就活に入って卒業したとして、自分は本当に満足できるんだろうか?」

「本気でやりたいことのある人が羨ましいな。僕なんか何もない・・」

「何をしたいかわからないけど、外国に行けるような仕事がしたいな。」

そんな漠然とし過ぎた悩みではありましたが、要約すると・・・、

ジュリーにもう一度会いたいという気持ちが強すぎたんです(笑)

英語を学びたい、外国に行くような仕事をしたいというぼんやりとした気持ちは確かに持ってはいました。

でも彼女の存在がなければ、ここまで真剣に考えることはなかったでしょう。

このまま学校を卒業しても、僕は満足できない。

そんな気持ちを強烈に後押ししてくれたのが、ジュリーからの手紙でした。

「やっぱり、社会人になる前に一つでも自分が誇れるものを身に付けよう。それは今の僕にとっては英語しかない。」

その為には、卒業をあきらめて語学留学への道を選ぶことだ。(ジュリーにも会えるからね♪)

不純ではないにしても、純朴すぎる恋心が僕にそんな決断を迫っていました。

休学を決意して、泊まり込みの仕事へ

「俺だったら、2年休んだとしても絶対に卒業する。」

別の大学に通っていた、友人からの助言でした。

彼の場合は、単位の取得が足りなかったため進学ができない状況でした。

その為に中退も考えていた身ではあったのです。

そんな彼でしたが、あと一科目だけで卒業ができるの僕の場合であれば、たとえ休学したとしても卒業はすると言ってきたんです。

まぁ、冷静に考えるとそうですよね。

奨学金を取っていた僕でしたが、学費などは母のお世話になっていました。

どう考えても留学費用までお願い出来るような環境ではなく、すぐに海外に飛べるようなことはできません。

どうしても、バイトなりしてお金を貯める必要がありました。

色々と考えましたが、結局は大学に休学届を出すことにしました。

同時に、コンビニで購入した『求人案内』。

この雑誌にいつも載っていた、住み込みで働くことのできる仕事を探すことにしました。

住み込みと言っても、どんな環境なんだろう・・?

そんな不安は消すことが出来ませんでしたが、手っ取り早くお金を貯めるにはこれしかないという気持ちでもありました。

辞書や本をそばに置き、手紙を書き続けた日々

もちろん、ジュリーへの返事はすぐに書きました(笑)

エアメール用の薄い紙と封筒を購入して、英文手紙の書き方みたいな本もすぐに購入して・・(^-^;

そうして辞書を開きながら、返事を書くのですが・・。

最初はかなり苦労しましたね(汗)

まずは日本語で書きたいことをザッと下書きして、そしてそれを英文に変えていくんです。

もちろん添削してくれる先生もいませんし、いたとしてもそんな恥ずかしい内容の手紙の添削なんて依頼しませんから(笑)

もう全てを自力でやっていくしかありませんでした。

でもそこは、情熱の力です(^^♪

手紙を書き続けることで、

「この表現は、英語でどのように言えばいいんだろう?」

普段の生活で、そんなことを考えることがいつの間にか多くなっていました。

今のようにネットで手軽に検索できるような環境ではななったので、辞書や本から適当な表現を借りては、メモを取っていたんです。

多くの出会いで受けたカルチャーショック

休学届を提出後、僕は住み込みの仕事に応募しました。

九州が地元で学校も九州の大学に通っていた僕ですが、仕事の為に決まった場所は、群馬県にある工場でした。

カーエアコン用のコンプレッサーを製造していた工場です。

海外への一人旅には喜んで行っていた僕ですが、この日本国内の移動には不安しかなかったですね(笑)

羽田空港を降りて・・・山手線を利用して・・。

事前に説明は受けていたのですが、

「これから長くて窮屈な生活が始まるのか・・。」

そんな憂鬱な気持ちと不安で、一杯だったんです。

辛いからと言って途中で戻ったとしたら、その時点で留学の夢は無くなってしまいます。

「早くお金を貯めて、一刻も早く地元に帰りたい。」

羽田空港行きの飛行機に乗る前から、そんなことを考えてました。

手持ち金が小銭だけだった男性

九州から飛行機に乗って群馬県にある事務所に着いたその日、色々な場所から面接を受けるためにやってきた人たちが集まっていました。

その日は、僕も含め6人程度だったと思います。

その初日の面接の日。
僕は早速、カルチャーショックを受けることになりました。

面接で落とされることはまずないと説明を受けていたのですが・・・、

それは、どのような人であっても働くことができるという意味でもあったんですよね。

同じ日に面接を受ける人たちの中には、前日まで別の職場で働いていて、そこから逃げるようにやって来た人がいたんです。

「すみません。あの人、所持金がほとんど無いみたいなんですけど・・」

と別の方が、こっそりと伝えていたのが聞こえました。

その人は後で、1000円札数枚を派遣会社の責任者から借りてました。

バッグの中身は、工事現場で使うヘルメットと最低限の着替えと作業着だけ。

所持金が小銭しかなかったのに、ビールを買って飲んでたと言うんですよね。

「えっ、こんな環境の中でこれから自分もやっていくのか。やっていけるのか??」

ゆるい学生生活しか知らなかった僕には、ちょっと刺激の強い洗礼でしたね。

初日から一気に不安が高まってしまいました・・。

6畳に2人が寝泊まりする生活の始まり

その日から寝泊まりすることになったアパートは、6畳が2部屋ある2DKのタイプでした。

6畳に2人、合計で4人が生活する形です。

夜勤と日勤とで交代制になってくれていたので、4人全員が同じ部屋に揃うことはあまりなかったのが救いでしたね。

ただ部屋は清潔とは言えず・・、お風呂はシャワーで済ませていました。

「お風呂に浸かったら、なんかヌルヌルしててさぁ・・」

なんて話を聞いてると、浴槽を使いたくなくなったんですよね。

最初のルームメイトは、高校卒業したばかりの好青年でその点は恵まれていました。

ありがたいことに、週末は実家に帰ったり友人のところへ遊びに行くことが多かったので、一人で部屋を使えたのが特に嬉しかったですね♪

家賃もほとんどかからず、食事も会社が販売してくれるお弁当を買えば200円程度で済ますことができました。

「頑張れば、すぐにお金が貯まるな♪」

期待が膨らみます。

2~3週間もすると、そのお弁当にも飽きてしまってコンビニやスーパーを利用し始めることにはなりましたけど・・。

しっかりと自分を保って生活していけば、確かにお金はすぐに貯められる状況ではありました。

自分をしっかりと持ち続けることが出来たらの話しですけど・・・。

自分で生きている人たちへの新鮮な憧れ

ルームメイトの彼は高校卒業して、車が欲しいという目標でやって来た人でした。

初めての給料をもらう時期も僕と同じ。
もらう額も同じだったはずです。

そうしてお金が入って来ると、当時はまだ一部の人しか持っていなかった携帯電話を彼は購入しました。

そしてゆくゆくは、一人暮らしの為のアパートを探すとのことでした。

「その後で、車が購入できればもう完璧だな。」

高校卒業して数ヶ月の彼でしたが、既に親のお世話になることなく生活を始めている彼でした。

「僕は大学に入っても、親からの資金をあてにしている。社会人になることすら、先延ばしにしようとしている・・。」

周りが同じ学生ばかりの環境しか知らなかった僕でしたから、それは新鮮な感情でした。

「僕は社会人になる不安で一杯だったけど、それを楽しみにして独り立ちを目指している人もたくさんいるんだ。僕よりもずっと若いのに。」

同じ条件で働いている人は彼のような10代から、50代後半の方まで色々な事情を抱えている人ばかりでした。

給与条件などは年齢に関係なかったので、大きな差はなかったはずです。

自分の収入だけで、しっかりと生活している10代。

借金や前の職場でうまくいかずに、この工場にやって来た50代。

本当に色々な人がいましたね。

「二十歳過ぎても親からの仕送りが当たり前と思っていた僕って、甘かったんだな。」

「でもこうしてここまで行動してきた自分だから、そこは褒めてやろう。」

惨めになりそうになると、自分を褒めて奮い立たせる。

シーソーのようにそんな思いを自分の中で繰り返しながら、感情のバランスを取っていました。

情熱と絶望を抱きながら書き続けた手紙

中学、高校とずっと集団行動が大の苦手だった僕です。

そんな自分にとって、過酷と言ってもいいこの労働環境。

「せめて、仕事の後は一人でゆっくりしたいな。」

もちろんそう思っていましたが、アパートを借りるとそれだけ目標額を貯めるのが先延ばしになってしまいます。

卒業と留学、両方手にするためにはここで時間をかけることはできません。

人間関係をうまく保ちながら、一気に貯金していく。

それがベストの方法であるように思えました。

そんな生活を支えてくれていたのが、ジュリーとの手紙のやり取りです。

もう、しょっちゅう書いてましたね(笑)

「お金を貯めてアメリカに行くために、ここで働いている。だから向こうに住んでいる友人に、こうして手紙を書いている。」

周りに公言していたので、ルームメイトに気兼ねすることなくせっせと辞書を開きながら書いていました。

その頃になると、英文の手紙もだんだん慣れてきて日本語での下書き作業の必要は無くなっていたんです。

英語で下書きして、正式に書き写すというパターンになっていました。

当時は暇さえあれば手紙を書きたいという情熱の炎を燃やし続けていたので、休日もずっと部屋の中で書き続けていたいと思ってましたね(笑)

余計な出費もなくて、一石二鳥でしたから♪

欠かさず返事をくれた天使のような女性

今になっても、いや今だからこそ余計に、ジュリーへの感謝が増してきます。

欠かすことなく手紙を書き続けてくれていたからです。

最初に受け取った手紙から1年以上もずっとです。

工場での勤務を続けることが出来たのも、この手紙のやり取りが続いてくれたからこそでした。

一度だけ、2~3週間手紙が届かない期間があったんですけど・・、

その時の自分の意気消沈がひどくて・・(笑)。

自分でも驚くほど、

「なんで俺、こんなところで働いているんだろう?」

そんな気持ちにまでなっていたんです。

満たされぬ気持ちと、変えることのできない現実。

会いたいけど、会えない。

たとえ会えたとしても、それが新しい寂しさを生むことになるのかも・・。

未来への不安を消すために、僕はせっせと手紙を書き続けました。

将来の希望。

ジュリーへの思い。

大きく成長していきたい。

思っている全てのことを手紙に書き連ねていく日々が続いていました。

手紙を受け取れない期間が続いた後に届いた、ジュリーからの手紙。

それを受け取った時の僕の気持ちの救われようと言ったらもう、今でも笑いが出てしまいますね。

「ごめんなさい、引っ越しやちょっとしたトラブルで忙しかったから・・・」

そんな内容の手紙を握りしめて、再びペンを握ったのでした♪

身近な人間関係に悩まされる日々

人の噂って、すごいものです。

多くの製造ラインがあったその工場では知らない人の方が圧倒的に多かったのですが、時々面識のない人が僕の方に来て、

「これって、英語では正しい言葉ですか?」

なんて聞いてくる人が時々出てくるようになりました。

僕が数人の人に話していたことで、『英語ができる人』みたいな噂がすぐに広がっていたんですよね。

同じように、僕の知らない多くの人の噂もたくさん耳に入ってきていました。

そんな中で、同じ九州出身の人がいたのですが・・・、

この出会いが、僕の悩みの種となってしまたんです。

「俺は昔、ヤ〇ザだった。入れ墨は200万円で、お尻の皮を使って消してもらった。」

そんな事を言うような人だったんです(^-^;

飲みの誘いも毎回断ることも出来ず、何かあると部屋に上がり込むようになってきていました。

経験してきた色々な修羅場の話しをしながらも、時折優しい態度で接してくるような・・・

今考えるとホラもかなり混じっていたとは思うのですが、当時の僕はほぼ彼の言うことを信じてしまっていました。

「お前とは、九州に戻っても関係を続けていきたいと思ってるよ。」

そんな事を言われた時は、本当に困ってしまいましたね(^-^;

「僕には叶えたい夢がある。こんな飲み屋でお金を使いたくないのに・・・」

そんな思いもあった一面、楽な方向に傾きそうな僕もいたのです。

実際、お店を持つとか、海外に行くとか色々な夢を持ちながらもいつの間にか、工場勤務の生活に染まってしまい、いつまでも働き続ける・・・。

そんな人も決して珍しくはありませんでした。

仕事を続けるには、人間関係の揉め事は避けるべきです。

仕事にも慣れ共同生活にも慣れてきたころに、今度はこんな別の悩みが発生してきたんです。

この強引な彼との関係は、僕にとって一つの大きな試練でした。

目標額が貯まり、そして地元へ

僕にとっての最大のネックとなっていたこの悩み。

それは、あっけない出来事で一気に解決されることになりました。

3日程の連休があった時、彼が

「地元に一度戻って用事を済ませてくる。お土産買ってくるから。」

そう言って九州に戻ったのですが、その後戻ってくることはなかったのです。

地元に戻り、里心がついてしまったのか・・・、

何があったのかはわかりませんが、とにかく僕にとっては吉報中の吉報でした♬

この出来事を境に、僕はラストスパートをかけて食費も一気に切り詰めながら貯金に精を出すようになりました。もちろん手紙の方にも・・♪

そして半年が迫ろうとしていた頃には、目標としていた額の貯金を実現できる見込みがついてきたんです。

退職の時が近付いていました。

退職が決まってからの最後の1ヶ月は、仕事への辛さは全く感じていませんでしたね。

「もう少しいてもいいかな・・。」

そう思っていたくらいです(笑)

ただそれ以上に、夢に描いていたことに手が届く寸前だったことへの喜びがとても大きかったんです。

工場地帯特有の金属だらけの建物は、夕日に照らされるととても美しく見えました。

「アメリカに行っても、こんな風景はあるのかな・・。」

そんな物思いにふけりながら窓から見える景色を眺め、手元に流れてくるコンプレッサーへの作業を続けていきます。

そしていよいよ、退職の日。

翌日には九州への飛行機に乗り込むという前夜に、数人の人たちが送別会という名目で飲み屋に連れて行ってくれたんです。

その時のお酒の味を僕は忘れることが出来ないでしょうね。(今は一滴も飲まない断酒生活を続けていますけど)

開放感しかなかったあの時のひと時は、格別な時間でした。

そのおかげで・・・、

飲み過ぎた僕は、翌日の飛行機に乗り遅れてしまったんです(-“-)

幸い次の便の空席が多かったので、数時間後の飛行機に乗ることが出来ました。

目標額の貯金を達成した僕は、通帳を握りしめ地元に戻ることができたのです♪

 

次の記事では、いよいよ語学留学の夢が叶った時のお話しとなります。

試練の時を過ごし、アメリカに行った僕はどんな経験をしてきたのか?

そして、ジュリーとの再会は?

夢が叶うクライマックスの時期を『第3話目』の記事でお話していきます。

※クリックして次の記事へ

⇒【第3話】あなたも人生を豊かにすることは出来る!強い思いと行動、そして・・

夢が実現して感じていた最高の気持ち。

同時に、静かにやって来ていた変化の波と寂しさ。

それでも、人生は素晴らしいと思える理由。
夢を叶え続けてこられた理由。

そのことを【第3話】の記事でお話ししていきます。

 

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人生は変えられる

 

誰もが、

人生を豊かにしたい。
そして幸せな人生を送りたい。

そんな思いを持っていると思います。

でも実際には、色々な悩み、そして壁にぶつかって・・・

夢を小さくしながら、年を重ねていってしまう。

「人生って、そんなもんだから。」

そんな風に、思い込んでしまっていませんか?

そんなあなたへ、僕からのプレゼントがあります。

仕事の悩み、恋愛の悩み、主婦であることの悩み、独身の方の悩み、学生の悩み、社会人としての悩み・・・

このブログの記事一つ一つは、僕が心を込めて書いているものではありますが・・・

どの記事が、今のあなたのお悩み解決のお役に立てるのか?

ボリュームが増えてくるにつれて、書いている僕でも正直わからなくなってきています(汗)

そこで、このブログ内の記事をギュッと凝縮して僕がまとめあげた、

『人生を飛躍的に変えた7つの秘密』

をプレゼントさせてください。

僕自身が大切にしている、
自分らしい人生をおくっていくための『心構え』をまとめたものです。

ちょっとボリュームが増えてしまいましたが、効果実証済の内容ですよ(^^♪

もちろんですが、無料です。

この機会にぜひ、僕からのささやかな応援の気持ちを受け取ってください。

 

 

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この記事を書いている人

読者さんからの温かいメッセージにいつも元気を頂いている、平凡なアラフィフ・ブロガー。

雇われサラリーマンだが、仕事よりもブログの方が楽しい毎日。

「いい文章、書くね。」
「時々、感動させるよね。」

若い頃、友人・知人から言われた何気ない一言を思い出し、心の欲求に従うままに本ブログを書き始める。

 

学校が辛かった中学生。

集団行動にどうしても馴染めなかった、高校時代。

楽しくなるはずだった期待を見事に裏切られ、
孤独に苦しんだ大学時代。

やっと見つけた就職先での挫折、退職、転職の繰り返し。

愛する家族との別居生活・・・。

 

幸せな今、全ての挫折が僕の宝。

 

苦しかった全ての経験が今、読者さんたちの悩みを解決できるヒントとなってくれていることに感謝を感じつつ・・・、

とても幸せな第二の人生をスタートさせている。

今では、本ブログを通して築けている読者さんとの信頼関係が何よりの喜び

読者さんの心に少しでも届くメッセージを考えながら目覚める朝が続いている♪

 

エアの詳しいプロフィールはこちらから

恥ずかしいことも、たくさん書いてしまいました(-_-;)

お悩み解決へのヒントがきっとある



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